2015年

1月

31日

2015年1月31日(土) № 177 『 どうかしましたか? と映画館で聞いた 』

左親指。10年以上使い続けている爪切りで、誤って肉を切り込んでしまった、とまず思った傷口。この写真では血の気はないけれど、つつけば血が出てきそうな気配だった。しかーし、どう考えても爪切りがあたったのではないことに妻の一声で気づいた。そう、これは寒さでやられた、酷いあかぎれ(ひび割れ)だった。踵だけでなく、指もひび割れするとは思いもよらなかった。零下5℃くらいを越えるとどうも敏感に反応する模様。
左親指。10年以上使い続けている爪切りで、誤って肉を切り込んでしまった、とまず思った傷口。この写真では血の気はないけれど、つつけば血が出てきそうな気配だった。しかーし、どう考えても爪切りがあたったのではないことに妻の一声で気づいた。そう、これは寒さでやられた、酷いあかぎれ(ひび割れ)だった。踵だけでなく、指もひび割れするとは思いもよらなかった。零下5℃くらいを越えるとどうも敏感に反応する模様。

勝間和代、という経済評論家の無料配信メルマガを読むことがある。配信されても読まないこともあるが、先だって誕生日を迎えた勝間さん。数日前に届いたメルマガのタイトルは『人生後半戦の楽しみ方』だった。

 

ほう、そうかぁ。そんなことを思っているんだと読みだしてみた。

 

こんな出だしだった。

 

【46歳になりまして、つくづく思うのが、すっかり「人生後半戦」だということです。平均余命からも、また、社会ステージからも、すっかり折り返して後ろ半分になり・・・「人生の余命をいかに生きるか」ということにフォーカスしています。とはいえ、まだまだ40年以上ありますので(たぶん)、コツコツとやっていきたいと思います】

 

*******

 

46歳の頃の自分は、まだ、余生なんてことを考えたりはしなかった。

 

でも、その後、体調を崩して、あれやこれやの身に滲みる苦労のようなことが始まった当たりから、はたと気付いたこと。

 

それが、勝間さんの言われるところの余命というか、あと、何年牧師ができるかなぁとか、残りの人生の年数を数えることだった。

 

*******

 

きのうの毎日新聞。確か二人の経済学者が登場して、かなり大きなインタビュー記事が載っていた。内容はともかく、大きな顔写真が目に入り、立派な先生なんだろうなぁ。

 

幾つくらいの人だろうとプロフィールに目がいった。

 

すると、一人は確か1963年生まれ、もう一人は1965年生まれ。

 

貫禄もそこそこあるから、当然、自分よりも年上だろうと思い込んでいたのに、なんだよ、二人とも年下じゃないか。

 

彼らが年相応なのか、自分が年齢に見合った顔をしていないのか、少しばかり複雑な気持ちになる。

 

*******

 

牧師にとって一番ムツカシイのは、その引き際、隠退の時期だと言われることがある。あるいは、隠退してからとも言えるが。

 

教団年金局は、73歳くらいまでは現役で頑張ってお働き下さい、年金局会計の維持のためにも、ということを言っていたような気がする。

 

これは、平均寿命を念頭におきつつ、できるだけ長く、掛け金をお願いしますという意味も明確にある。

 

お世話になった大先輩の姿を見ていると、いろいろと考えさせられる。人にも厳しいが自分にも厳しい方だ、と思っていた先生は、余力を十二分に残したところで、スパッと身を引かれた。あれから15年は過ぎたはず。

 

すごいなぁと思う。

 

*******

 

一ヶ月と少し前のこと、ふと、左手の親指の爪のあたりに目がいった。

 

「あらあら、俺は、爪を切ったときにこんなに思いっきり肉まで爪切りで切り込んでしまったのか。よくもまぁ、血が吹き出ないでいたなぁ。慌てていたから気がつかなかったにせよ、危ないところだった」

 

そんなことを思う位のかなり深い傷口が目に入った。

 

老眼が駈け足を始めると、爪すらもちゃんと切れなくなるかと、何かを少しあきらめたような気分になった。

 

傷口をながめ、しょうがないなぁ、と老いの坂道の始まりを受け入れることにした。

妻も、「気をつけないと、大変なことになるよー」と言うので、うなずいたものだった。

 

*******

 

しばらく放っていたその傷口が左上の写真。

 

なぜか、一端は忘れる程度にふさがっていたのに、最近、ふたたび開いて、これってマズイかも、と思ったのだった。この写真は血の気配はないけれど、最初気付いた時は、血が吹き出てもおかしく無さそうな色をしていた。

 

妻に見せると「これ、あかぎれ(ひび割れ)じゃないかな。塗り薬があるからつけた方がいいよ」と差しだしたのは、「キップパイロール-Hi」という薬だった。昔のオロナイン軟膏みたいなものなのか。よく効いた。

 

爪切りで切ったにしては、方向がおかしいとは思っていたけれど。

 

いやはや。あかぎれ(ひび割れ)なのか、爪の切り間違いなのかもわからんとは。

 

人間ってものは、こうしていつの間にか、下り坂をゆっくりとのぼり(降るだけではないと思う)始めるのかも知れない。

 

*******

 

きょうは、映画を久し振りに観に行った。

 

聖書の出エジプト記、モーセがまるまる映画になっている(『エクソダス 神と王』)というので出掛けて見た。ヨセフ物語の説教に役立つネタもあるかも知れないという期待も実はあった。

 

息せき切って走り込んだのだけれども、10時40分が上映開始なのに、10分近くが過ぎても予告編すら始まらない。

 

なんだ、どうしたんだ、と不安になったわたし。

 

切符きりのおにいさんの所に駆けていった。

 

「ちょーっとお尋ねいたしますが、かくかくしかじかで、ずーっと待っております。予告編が始まらないのですが・・・他のお客さんもいないんですよ。どうかしましたか?」と尋ねた。

 

「あっ、それは1番ですから、こちらでございます。もう始まっていますね」とのクールな声。

 

妻にはメールで、「すごいよ、ただ今、貸し切り」と送信後のことだった。

 

どうかしているのはこのわたくしでありました。やれやれですな。end

 

 

 

2015年

1月

29日

2015年1月29日(木) № 176 『 卒園するおともだちへ 文集の原稿書いたよ 』

予定していた写真から変更。クイアラタメテ、こどもたちが頑張ってお稽古していた、クリスマスページェントの総練習の一コマをアップします。ご存知、東方の博士たちがベツレヘムに向かう場面。
予定していた写真から変更。クイアラタメテ、こどもたちが頑張ってお稽古していた、クリスマスページェントの総練習の一コマをアップします。ご存知、東方の博士たちがベツレヘムに向かう場面。

3月中旬に、稚内教会から生まれた、稚内ひかり幼稚園の卒園式の時にくばられる文集でのメッセージ。

 

ひとあし先にこちらでアップ。

 

左のスペースに、なにか写真をと思ったけれど、HP提供元の不調か、思うように進まない。

 

後日できたら入れておきます。文集とは関係ないものを準備していたのがいかんかな……。

 

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わっかないきょうかい ぼくし: もり げんいちろう

(わっかないひかりがくえん りじちょう)

 

みんなぁ そつえん おめでとう。 

 

いつも ぼくしせんせいが おはなししたのは かみさまのこと イエスさまのことだったね。

 

かみさまの おはなしは みんなが あさ・ひる・よる いちにちに さんかい ごはんをたべて えいようをとるのに すこし にているよ。

 

みんなはねぇ ぼくしせんせいが おはなしした かみさまのこと いえすさまのことを いっしょうけんめい きいてくれていたね。

 

みんなは そのおはなしをきいて いつのまにか めにみえない ちからを つけてきたんだよ。 えいようを もらっていたんだ。

 

*******

 

ぼくしせんせいは こう かんがえているんだ。

 

たとえば おともだちに やさしい ことばを かけてあげること。

 

こまっているひとの おてつだいをすること。

 

けんかしてしまった おともだちに ごめんねって いえるようになったこと。

 

みんなは そういう たいせつなちからを かみさまのおはなしを たーくさんきいて いつのまにか みにつけているんだ。

 

じしんを もって いいんだよ。

 

*******

 

しょうがくせいになっても ちゅうがくせいになっても おとなになっても。 いつか ぜひ きょうかいに あそびにおいで。

 

うれしかったことをきかせてね。

 

なやんでいることがあったら いっしょにおいのりしよう。

 

なきべそしながらきても だいじょうぶだよ。

 

*******

 

みんなは ぼくしせんせいの たいせつな おともだち。 そして かみさま と いえすさまの えいえんの たからもの。げんきでね!

(end) 

 

 

 

 

 

2015年

1月

16日

2015年1月14日(水) №175 『  あめ細工師と少年 』

定山渓のリゾートホテルのロビーに出店していた飴細工の職人さんの屋台。少年に待ちに待った作品が手渡されようとしている。
定山渓のリゾートホテルのロビーに出店していた飴細工の職人さんの屋台。少年に待ちに待った作品が手渡されようとしている。

*「気ままフォト」の部屋におなじ時の写真をたくさんUPしてます。


北海教区の第63回年頭修養会が札幌の奥座敷と呼ばれる、定山渓温泉で開かれた。

 

年に一度の会が63回。

 

戦後70年の今年だから、1953年以来続いているということになるのだろうか。

 

今回の会場は定山渓温泉の中でも特大のスケールではと感じるホテルだった。

 

わがふるさと、大分県の別府市に、杉の井パレスというリゾートがあった。経営危機が襲いかかったものの、それを乗り越えて、今は杉乃井ホテルという西日本でも有数のリゾートになっている。

 

今回の会場はそれに近い、そうとう大型の施設。

 

*******

 

さてさて写真である。

 

せっかく抱えて来た一眼レフカメラ。

 

ちょっとした時間があったので、気分転換も兼ねて、外の景色でも撮ってくるかなぁと休憩時間にロビー付近に行くと面白いお店が出ていた。

 

飴細工である。

 

実はわたし、飴細工なるものを生まれてはじめて目の前で見た。

 

飴細工師の《O豊さん》という方が出店していらして、その時は気がつかなかったが、幾枚かシャッターを押したものをよーく眺めてみると、北海道在住の飴細工師さんとしては唯一の方らしい。

 

*******

 

《O豊さん》はわたしのカメラに関心をもってくださり、「自分もホームページに後ろがぼけている自分の作品を撮りたいんです。どれくらいの予算があれば大丈夫ですか?」などという話をしているところに、クリクリ頭の少年が現れた。

  

5分程の時間、少年はおじさんの別世界に魅せられていた。

 

おじさんはあれこれ話しかけるのだが、男の子はおじさんが準備万端に演出した世界に入りきっていた。

 

そして、ようやく少年がお願いした「馬」が出来上がったところ。待ちに待った、僕のが出来たという安堵だろうか。

 

少年は静かに喜びをかみ締めている。

 

横にいる女の子は妹ではなく別の家族で、お母さんと一緒に次の番を待っている。

 

お母さんも魅せられている様子。

 

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飴細工の代金、通常はひとつ500円。

 

職人さんは食べ物を使うお仕事なので、代金を頂く時は、大きなお財布を差しだして、「千円もっているのなら、ぼくが自分で500円のおつりを取りなさい」と語りかけていた。

 

それにしても、この屋台を包む色合いは何とも懐かしい色合いだし、わたしが子どもの頃に、神社のお祭りの時にやって来るお店に通じる。

 

50年近く前にタイムスリップしたようだった。

 

*******

 

少年は、この日の、この時間をずーっと忘れることがないだろう。

 

少年は飴細工の馬を口に運んだだろうか。

 

家に帰るまで大切に持ち続けたかも知れない。いや、飾っているか。

 

その後、家族の元に走って行ったのは間違いないと思う。

 

今もって、写真を見直すと、何とも言えない余韻が残っていて心地がいい。きっとそこには確かな理由があるのだろう。

 

いい時間だった。感謝。end

 

 

2015年

1月

06日

2015年1月6日(火) №174 『   頭上注意 ~ 空飛ぶ雪の板~ 』

〇まずは、ぜひ、写真のクリックを。だいぶ違って見えるかと。


明日からの天気予報。ラジオでも、そして、おそらくTVでも、全国版でも流れた。

 

日本海側とオホーツク海側は大荒れ。風速20メートル以上の吹雪となりそう。

 

稚内は日本海もあるし、オホーツク海側もある特殊な地形。

 

*******

 

そんな天気予報が流れていた今日。

 

稚内は寒さがゆるんだ。気温にして零度~1℃位。

 

少し暖かくてよかったなんてことはない。

 

これ、まさに危険信号。

 

なぜなら、雪崩や落雪の危険が大いに高くなる。

 

危ないは、すぐ近くにあるのだもの。

 

*******

 

雪は、むちゃくちゃ寒いときに降るとは限らない。

 

かつて、「この雪の下に高田あり」と呼ばれるような豪雪の町新潟県上越市に暮らして居たとき、ドカーンと一気に大雪が降る気温は、だいたい、1℃~2℃位だったことを思い出す。

 

となれば、急速に大きくなった低気圧の影響とあいまって、明日以降は大荒れはほぼ確実。

 

*******

 

そんな情報を確認していた昼過ぎに、外から何かの音が聞こえた。

 

「〇〇便の配達の車でも家の前に停まって、ドアをバーンと閉めたのかなぁー」とわたしは思った。

 

「何かきょう、届くっけ?」と。

 

しかし妻は違った。

 

過去に、積もりに積もった隣家の雪、たぶん、その厚み1.5メートル級以上が、一瞬にして屋根から雪崩れ落ちてくる瞬間を窓辺越しに完璧に見ていた妻は冷静にひと言。

 

「雪が落ちた」とポツリ。

 

*******

 

写真をご覧下さい。ぜひ、クリックしてみて。

 

幸い、今日、隣家の屋根から滑り落ち始めた雪の厚さは20センチくらいでたいしたことはなかったけれど・・・。

 

それでも、たとえば、わが家のゴミ出しをするゴミステーション迄の道。

 

屋根が道路に向いている教員住宅がある。うっかり、その屋根際を歩いている時に、この写真と同レベルの雪が頭や目の前に落ちてきたら、大ケガ。

 

場合によっては気絶だってあり得るだろう。

 

*******

 

そんなわけで、大慌てでシッターを切ったら納まった写真をUPします。

 

雪崩や落雪をなめたらいかん。

 

ほんとにそうなのです。なめてません。

 

慎重に、慎重に。そんな感じの日々が始まった。end

 

※ちなみに、連続写真の4番目は、別のタイミングでのものです、たぶんそのはず。



2015年

1月

05日

2015年1月5日(月) №173 『 お母さん ふりかけあるー! 』

稚内産のこれは、「ぼたんえび」。お正月前に、副港市場というところであと3尾入りのを1,500円でお買い物。季節によっては、まるで、甘エビと同じように見えるちびちゃんも店頭に並ぶ。お味は、うふふふ。たまりませんでした。殻だって、頭だってかなりがぶりといけます(^^♪
稚内産のこれは、「ぼたんえび」。お正月前に、副港市場というところであと3尾入りのを1,500円でお買い物。季節によっては、まるで、甘エビと同じように見えるちびちゃんも店頭に並ぶ。お味は、うふふふ。たまりませんでした。殻だって、頭だってかなりがぶりといけます(^^♪

もう何年も前のこと。

 

ためしてガッテンだったか、何の番組だったか。TVがわが家にあった時代に、それなりに忘れられない番組があったの思い出した。

 

お料理があんまり得意ではない奥さまが登場。一生懸命作った夕飯が食卓に並べられて、続いて食べ盛りの中学生くらいの息子さんが登場。

 

「いただきまーす」と言って食事を始めたと思う。

 

ところが、男の子はやがてこう口にした。「お母さん、ふりかけ なーい」。

 

少年は何の遠慮もなく、ご飯にふりかけをかけてパクパクと食事をし、「ごちそうさまー」と言って部屋に消えていく。お母さん、がっくり肩を落とすという映像だった。

 

*******

 

その後、とあるお料理の先生が登場。

 

もちろん、真面目に一生懸命にお夕飯の準備をしたお母さんの仕事ぶりをチェックしていたのだ。

 

詳細はすっかり忘れてしまったけれど、一番肝心なことを、スパッと助言されたというか、言い当てられた。

 

「何が夕食のメインなのかわからない。盛りつけ方も含めて、今日のわが家はこれよ!がありませんね」と先生は柔やかに笑顔で語られた。そして、指導が始まる。

 

そんな感じだったように思う。

 

*******

 

年末からお正月にかけて、わが家の食卓に並んだもの。そして、教会でみんなで頂いたものを振り返ってみて、ははーん、と見えてきたことがある。

 

それは、少し前から気が付いたことでもあるし、時々、妻と似たようなことで話をすることがあったことなのだが。

 

単純素朴がおいしい。

 

ごちゃごちゃしない。

 

あれもこれもは必要ない。

 

良質な素材を使って、必要な下準備はちゃんとする。道具だってもちろん大事。

 

そして、隠し味がひつようならば、あくまでも隠し味として使う備えをして(たとえば、利尻昆布の「こんぶ水」を準備するとか)それを取り入れてサッと作るお料理。

 

それがおいしいのではないか、と気づいたのだ。

 

*******

 

今年の正月。

 

おせちはわが家に並ばなかったけれど、ほとんど不満も、寂しさも感じなかった。

 

写真の、稚内産のぼたんえびの塩焼き。この日はさらに、麹漬けの牛ステーキが出てきた。

どちらもおいしかった。

 

たぶん、来年のお正月も、あれがいいな、と言ってしまいそうな程、旨かった。

 

「こんなの、ただ焼いただけなのに、褒められてもー」と妻は場合によって言うかも知れないが。

 

*******

 

先ほど食べたばかりの昼食。

 

二つのものがたまらなくおいしかった。

 

一つは、オニオンスープ。

 

三日前の残り物なのだが、オニオンをスライスしてある程度時間をかけてゆっくりゆっくり少し焦げ目も有るくらいの感じで炒めたそうだ。そして、そこに、「こんぶ水」をどーんと注入して、仕上げに、コンソメスープの素を入れて味を調えるとのこと。

 

お好みによってお醤油を数滴。それで熱々にしてカップで差しだす。

 

今日は残り物だったから、煮詰まっていたのは再び、「こんぶ水」で薄めたそうだ。


※【こんぶ水(すい)】

 わたしも、利尻昆布バザーを始めてから知ったもの。地元の利尻昆布を、普通に四角いまま水に入れるのではなく、たとえば1㍑分の水に対して10㌘の昆布を使えばよい。その昆布をつま楊枝~もう少し長いくらいに着る。幅は1㎜~2㎜をメド。それを最低6時間、できれば夜作って朝という感じで準備する。冷蔵庫の保管で2週間大丈夫。そして、一度使い切っても、もう一度水を入れれば、確実に出汁は出ます。

 これは、あらゆる料理に使えます。和風だけなんてことは決してない。洋風、中華も含めてぜひ。カレーライスの水代わりにもどうぞ。あるいは、ご飯を炊く時も驚くほどおいしくなる。

 昆布のうま味成分が出るこの方法は、昆布の出汁は面からではなく、断面から出るという理論によるもの。ぜひ、お試しを。


*******

 

もう一つは、縮み小松菜と豚バラ肉(大きめの感じの切り方のもの)の炒め物。中華の素をパラパラッと、お塩も少々。

 

それとパンを頂いたが、ご飯でもいいだろう。

 

とにかく、偉くおいしいし、満足度が高い。

 

そしてこれが肝心なのだが、何を食べたかがハッキリ心にも、頭にも、お腹にも刻み込まれる余韻がある。

 

*******

 

ごちゃごちゃし過ぎて、手をかけ過ぎて、何だかわからなくなってしまう料理というものがあると思う。

 

どうも、手のかかったことは人知れずにしっかりやって、目に見えるところは、大胆に、どーんといく。これだよってわかるものを差しだす。

 

もちろん、先にも触れたように、元々の素材は厳選しておく必要はある。

 

*******

 

珈琲に凝り始めてわかったけれど、どんな名人でも、新鮮な焙煎をした良い豆を直前に挽いていなければ、ほぼ絶対に、美味い珈琲を飲ませることなんて無理なのだ。

 

質の悪い豆や焙煎から時間が経ったものからは、うまい珈琲は、逆立ちしても、達人でもドリップできないはず。

 

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一年の初めの、この森牧師の部屋のブログ。

 

お料理のことも分かち合いたかった部分は少しある。

 

でも、自分に言いきかせることも含めて、というか、そうしたいな、と思いながら記したいことがある。

 

有言実行というではありませんか(笑)。それは、礼拝メッセージのこと。

 

*******

 

何を聴いたんだかわからない説教。

 

何を伝えたかったのか曖昧なメッセージ。

 

やっぱり、くどくど、ごちゃごちゃしていては、説教はいかんだろうと思う。わが身を省みれば恥ずかしいが。

 

会堂を出るまでに、今日は一体、どんな話だったっけ、と思い出せないというか、腹にも心にも頭にも残らずに、ただ、週報の片隅に、忘れ去られていくようなメモが残るだけでは、いかんだろうなぁ。

 

そんなことを思う。

 

※妻が、これを書いている途中に、のぞき込んで「いいじゃない、忘れたって」と申してますが。

 

*******

 

定番と言われるようなお料理。数ヶ月に一回、あるいは、数週間に一度食卓に出てきても、「これ、やっぱり、おいしい!」「また、食べたいから作って」と感じるだろう。

 

聖書のメッセージを紡ぎ出すことは、全くおなじ作業とは決して言えないけれど、隠し味は隠し味に留めて、さまざまな下準備や黙想も人知れず磨きながら準備すること。

 

頂く時も、頂いた後も、何を食したかできれば思い出せるようになれば、語る者として、幸せだなぁと思う。

 

たとえ、ある程度の長さがあっても、噛んでおいしく、深く、心と頭と体に、しっかり残るメッセージを求めて行きたいものだ。

 

*******

 

み言葉というテキストのみならず、人との出会いや語る言葉、沈黙の言葉に聴き、示され、さらには大自然の中にあるコンテキストに対しても、心をしっかり向ける努力を、今年も少しずつ深めて行きたい。

 

でもでもでも、“ふりかけ”は、確かにおいしいし、外さないですけどね。

 

わたしも、大好きなふりかけをいつも置いてありますもの。

 

ところで、礼拝に「ふりかけ」があるとしたら、何だと思いますかって?

 

僕はあえて言えばですよ、賛美歌だなと今は思ってます。end

 

 


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